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2026-09

怪談

雪のない一軒

除雪車から見ると、その家の前だけ、春のようだった。屋根にも庭にも雪がない。両隣には腰ほどの雪が積もり、道路は削った雪の壁になっているのに、門から玄関までは土が見えていた。軒先に長靴が一足、逆さに掛けてあった。
怪談

空の巣箱

兄が送ってきた蜂蜜は、蓋を開けると煙の匂いがした。失敗したのかと電話で聞いたら、食べられるから、とだけ言われた。味は普通だった。少し癖があるが、パンにつければ気にならなかった。
怪談

返却口

あの図書館の返却口は、妙に低いところについていた。子供でも届くようにしたのだろうが、外から本を入れるには、少し腰を曲げる必要があった。中で受ける箱は深く、本は傾斜のついた板を滑って落ちた。薄い本なら軽い音がして、厚い本だ
怪談

仮縫いの日

三枝は、古い服の直しを受けるとき、まず持ち主に着てもらった。服だけ預かっても、どこが合わないかは分からない。痩せたから詰めたいという人でも、実際に見れば、肩の位置を少し変えるだけで済むことがあった。
怪談

欠勤者の声

森さんは、その日、休みだった。朝礼で班長がそう言ったし、更衣室の靴もなかった。それなのに、包装室から「次、流して」と聞こえたとき、誰も手を止めなかった。
怪談

水位のない池

池の底で、伯父が帽子を脱いだ。首の汗を拭いているのだろうと思ったら、帽子を逆さにして、何かをすくう格好をした。
怪談

列の最後

「最後の人ですか」その女の人に聞かれて、私ははいと答えた。答えたときには、まだ列というほどでもなかった。私の前に二人いて、細い道の先で立ち止まっていただけだった。工事の人が向こうを通しているのだと思っていた。
怪談

十七番の預かり

「その子、うちでは吠えないんです」飼い主にそう言われると、里奈はたいてい笑って受け流した。家と預かり先で様子が違う犬は珍しくなかった。けれど、十七番の犬については、話が逆だった。
怪談

風をほどく

宮内さんは風の強い日に、外で網を繕った。晴れて凪いだ日は家にいて、テレビを大きな音でつけていた。漁師の仕事というのは、私には最後までよく分からなかった。
怪談

荷札の裏

船で荷物を運んでいたころ、宛名を声に出して読む癖があった。耳でも確かめておけば間違わない。人数の少ない会社だったから、一個の誤配でも翌日の仕事に響いた。