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kikaisenban

怪談

翁島ペンション、夕方の囲いの隙間

翁島駅で降りたのは、沢井ひとりだった。郡山で新幹線から、磐越西線の普通列車に乗りかえてきた。無人の駅だ。向かいのホームへは、構内の踏切を歩いて渡る。小さなコンクリートの駅舎を出ると、四時を少しすぎていた。
怪談

白高大神の鳥居が見える土手で、祭りの昼に呼ばれた名前

子どもの頃、秋祭りの日にだけ守る決まりが、うちにはあった。近所のどの家にもない、うちだけの決まりだ。二年生のとき、学校で話したら、変な家やと笑われた。それからは、外では口にせんようにしてきた。
怪談

旧伊勢神トンネル、空けておく後ろの席

毎年、十月の三日に稲武へ行く。佳代の母親の命日で、墓が稲武の寺にある。豊田の家から国道を上がって、伊勢神の峠を越えていく。片道で、一時間と少しの道のりだ。佳代は稲武の生まれで、わしは豊田の町の生まれだ。
怪談

旧犬鳴トンネル、弟の書きかけた一行

木曜の夜は、日付が変わってから寝る。由紀の勤め先はホームセンターで、土日に出るかわりに金曜が休みだ。風呂から上がって、東区のアパートで布団に入る。携帯にイヤホンをさして、一時を待つ。一時ちょうどに、甥の配信が始まる。
怪談

ホテル活魚の手前で引き返した夜と、伯母が預かった時計

長尾から連絡が来たのは、十月の初めだ。「久保が札幌から戻ってきた、金曜に飲もう」メッセージには、千葉の駅前にある居酒屋の地図がついていた。駅から歩いて五分ほどの店らしい。久保と顔を合わせるのは、十何年ぶりになる。
怪談

沖ノ島の音を、口にしない夜

土曜の夜、九時を過ぎると、大島港の前は暗くなる。渡船ターミナルも、もう明かりを落とした。最終便は、とっくに神湊へ着いている。港の前の食堂「とも綱」だけが、のれんの内側に灯りを残している。
怪談

人穴富士講遺跡、夕方の十二基目

四時二十分に、最後の二十袋を下ろし終えた。戸部は荷台のあおりを上げて、伝票の数字を指でなぞった。配合飼料の二十キロ袋が、二十。家の人は搾乳の時間で、牛舎から出てこない。判子は、牛舎の柱に下げた缶の中にある。
怪談

神様池、清掃の日の手形は四つ

十月の日曜、朝の九時前に神様池へ歩いていった。母の代わりだ。膝を悪くしてから、保存会の草刈りに出られなくなったという。「一軒から一人は出んとかんでね」電話でそう言われて、土曜の夜に名古屋から帰ってきた。
怪談

気多大社の鵜祭、明け方の入らずの森で腕を広げていたもの

十二月十五日の夜、金沢から羽咋へ車を走らせた。後ろの席で、娘の美緒が窓に額をつけている。小学五年で、どこへ行くにもスケッチブックを抱えていく子だ。リングで綴じた、表紙の角が丸くなったやつ。夫は仕事の都合で来られなかった。
怪談

宝ヶ池狐坂を歩いて帰るときの決まり

木曜の夜は、研究所に最後まで残るのが私の番だ。松ヶ崎の、北山通から少し南へ入ったところにある古い二階建て。土や水を預かって、中に何が混じっているかを調べる会社だ。一階が分析室で、二階に事務の机が並ぶ。