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kikaisenban

怪談

まだ濡れている

風呂上がりに顔を拭こうとすると、タオルの裏に髭と唇が触れた。床へ落とせば、いつもの灰色の布だった。翌日、その口は洗濯機の中のシャツにあった。
怪談

箱の内側

引っ越し用の箱に、一枚だけ内側へ壁紙を貼ったものが混じっていた。箱へカーテンを入れると、梨香の部屋の明かりが青くなった。
怪談

息をする客

得意先へ早く着きすぎた朝、近くの喫茶店へ入った。階段で息を切らした私に、店員はマスクを求めた。コーヒーも水も、普通だった。
怪談

暗くなる火

停電の晩、黒川はもらい物のろうそくに火をつけた。炎は明るいのに、その下だけが暗い。電気が戻っても、食卓の周りは見えなかった。
怪談

一羽なら平気

八歳の時に飼った文鳥は、何度死んでも戻ってきた。母は元気な一羽だけを籠に残し、弱ったほうを私に見せなくなった。
怪談

塗ってしまえば

幽霊が見えるという昔の嘘を信じ、清水は私を買ったばかりの部屋へ呼んだ。壁の人型を染みだと言うと、彼はやけに安心した顔をした。
怪談

切り揃えた爪

押入れへ伸ばした指の爪を、誰かに切られた。部屋を出ても手入れは続き、やがて自分の手ではないものが動き始める。
怪談

目を閉じる家

昔の仲間と飲むために借りた家で、飯塚は蛙を見つけた。その目が閉じるより先に、自分の手が老人のものへ変わり始めた。
怪談

描かせてくれ

夫が私を描くようになったのは、結婚して二十三年目のことだった。寝ているところを描いたという絵を、夫はなかなか見せようとしなかった。
怪談

曲がりましょう

七十一歳になって踊りを始めた母は、金色の靴を買った。迎えに行った午後、母の相手は踊り場の壁へ向かって、まっすぐ進み続けていた。