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kikaisenban

怪談

見本の手

礼装用の手袋を探す客は、試着した自分の指を見て「これ誰の手ですか」と訊いた。店員は安心させようと同じ品へ手を通す。
怪談

舞台袖の謝罪

五日前に渡された台本の謝罪を、初日の観客が先に知っていた。代役の俳優は、舞台から降りてからも同じ言葉を聞く。
怪談

土曜日のストライク

いつも球を右へ落とす大原が、三度続けてストライクを出した。喜ぶ私たちに、彼は靴の爪先を見せた。
怪談

机の下の草

村瀬さんの机の下に草が生えていた。彼女はまだ座って働いていたのに、細い踵の泥の跡だけが会社を出ていった。
怪談

黒板の先生

褒めてくれる先生が欲しくて、二人で黒板に知らない顔を描いた。文化祭の日、その先生が展示の絵を舐めていると客に言われた。
怪談

籠の下の人

荷物を載せていない籠が、重そうに下りてきた。 山田は柱の横へ立ち、吊られた籠の底を見た。みかんの箱を六つほど運べる、大きな鉄の籠だった。中は空で、側面の格子から向こうの斜面まで透けている。それでも索は深く垂れ、動力の小屋ではモータ
怪談

対岸の昼

男を降ろした岸は、帰りに振り返ると、もう水の下だった。 崖も木も沈んでいたのではない。さっきまで平らな土が続き、男が靴を鳴らして歩いていった場所を、水面が覆っていた。私は櫂を止めた。向こうの山が、湖を回るように動いていた。近くの切
怪談

獣道の担架

担架を持つ手を替えると、顔が変わった。 猪の顔だったはずなのに、右から覗くと人の頬が見えた。布をかけた頭の一部だけで、誰なのかまでは分からなかった。三谷は反対側へ回り、もう一度覗いた。黒い鼻と、短く硬い毛があった。 「そのまま見と
怪談

切り株の値段

木を見に行く途中で、福原は自分の車の音が消えたことに気づいた。 エンジンは動いていた。足元には細かな振動があり、道の砂利も跳ねている。窓を下ろすと冷たい風が入り、葉の匂いがした。それだけだった。車を止め、戸を閉めても音がしない。何
怪談

沢の反対側

まだ洗っていない匙が、下流の石に載っていた。 柄の赤い塗りが剥げた、私の匙だった。午前に家を出るとき、弁当の袋へ入れた。昼にカレーを食べたあとも、袋へ戻したはずだった。三十歩ほど下の石の上で見つけ、私は思わず自分のリュックを開けた