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kikaisenban

怪談

月曜日の花畑

売った花が、翌朝、畑へ戻っていた。 同じ種類が咲いただけだと考えた。白い小さな花で、枝の先に幾つも集まって咲く。茎を切ると青い匂いがした。借りている畑の端、石垣に沿って生えていたが、名前は分からない。近所の花屋へ写真を見せても、現
怪談

海までの片側通行

海へ抜けられますか、と軽自動車の女に聞かれた。 私は反射的に、抜けられますと答えた。片側交互通行の下り車線を受け持っていた。工事で狭くなった先を抜けられるかと聞かれたのだ。そう思って腕を上げると、女は頷き、窓を閉めた。助手席に釣り
怪談

片輪の雪道

雪を噛んでいるはずの前輪が、宙に浮いていた。 倉本は作業灯を下げて確かめた。車の左側だけが雪の窪みへ落ちている。前の腹を雪へ乗り上げ、片輪の荷重が抜けたのだろう。初めはそう見えた。だがタイヤと雪の間へ光を通すと、向こうの後輪まで浮
怪談

口笛を吹く畑

口笛のうまい人だった、と宮地は聞いていた。 借りた梨畑を以前に作っていた人のことだ。名前は梶田。病気で作業が難しくなり、遠方に住む姪の仁科へ土地を貸していた。仁科は町から通っていたが、一人では果樹を扱いきれず、農業を教える施設から
怪談

犬の向く家

犬は私を見て吠えているのだと、最初は思った。 玄関の戸を開けた私の足元で、リクは前脚を伸ばし、喉の奥を鳴らしていた。口は開かなかった。鼻先が、家の中へ向いている。横へ動いても追ってこない。犬の見ている先には、食卓と、昨夜脱いだ上着
怪談

干場の向こう側

早苗の干場では、網を裏返して使わなかった。 油の付き方が違うので、魚がくっついて身を傷める。短期の手伝いに来た大庭にも、最初はそう説明した。間違えた網を抱えていた大庭は、赤い糸の結んである角を確かめ、上下を替えた。 「こっちが海で
怪談

倒木の椅子

根の裏に、誰かが腰を下ろしていた跡があった。 二つの丸い窪みがあり、その前だけ土が擦れていた。宮坂は手袋の土を払い、もう一度覗いた。台風で倒れた杉だった。根は人の背より高く起き、草と石を抱えたまま壁のようになっていた。座るにはちょ
怪談

猿の立会人

猿は檻の中から、私に椅子を勧めた。 小屋の隅にあった丸椅子を指し、それから自分の前の地面を指した。片手を膝に載せ、こちらを見ている。似た動作を偶然したのだろうと思った。私は携帯を胸へ戻し、依頼主が来るのを待った。 何でも運ぶわけで
怪談

動かない杭

「杭だけ見といてください。向こうの山は、いいです」 助手の小関にそう言ったのは私だった。あとになって彼から何度も言われた。あんたが見るなと言ったから、見なかったんだ、と。 山林を売るための境界確認だった。斜面の途中に古い杭が三本残
怪談

放流しなかった一匹

真鍋さんは、魚をすくうときだけ煙草を口から外した。火をつけない煙草を、いつも唇の端にくわえていた。 「水の中へ落とさないんですか」 私が聞くと、彼女は胸のポケットへしまってみせた。 「落としたことあるから、外すんでしょう」 叔父の