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kikaisenban

怪談

引き戸の向こうの膝

母の介助に戻った実家で、引き戸の曇りガラスに膝が見えた。戸を開けるたび、向こうの身体は少しずつ脚を伸ばしていた。
怪談

砂場の湯気

閉園する幼稚園で、娘が作った砂の料理から湯気が立った。食べられないと分かっているのに、母親の腹だけが空き続けた。
怪談

終点の樟脳

売却する古いバスの座席を洗うと、染みついた樟脳の匂いが消えた。その夜、開いた扉を下りても車外へ出られなくなった。
怪談

紙袋の青空

父の青果店で売り始めた空の紙袋には、小さな青空が入っていた。口を広げるたび、店の天井が低くなった。
怪談

兄嫁のかかと

兄の家へ泊まると、毎朝、兄嫁の足の向きが変わっていた。兄へ相談しても、昔からそうだと笑われた。
怪談

歯車の眠る町

商店街の止まった時計を直すと、住民が昼間から眠り始めた。夜には、姿の見えない誰かを抱えたまま時計屋へ集まってきた。
怪談

魚拓の水

祖父の自慢の魚拓を額から出すと、紙の上に川が流れ始めた。黒い鯉の腹へ、見知らぬ家の窓が吸いこまれていった。
怪談

廃線の百葉箱

廃駅の百葉箱を開けると、八月なのに雪がこぼれた。亡父が使った鉛筆を返すと、中から最後の欄が空いた帳面を差し出された。
怪談

弟の乾杯

十年ぶりに弟と酒を飲んだ。杯を合わせてから、向かいに座る弟の年齢と声が、私の知らない年月を行き来し始めた。
怪談

吊り橋の昼寝

温泉へ向かう途中、夫が吊り橋で眠ってしまった。橋の揺れが止まりかけるたび、谷の下の寝息が近づいてくる。