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kikaisenban

怪談

傘を閉じる音

借りた傘は、紺色だったと思う。妻にそう言うと、黒だったよ、と返された。暗いところで見たのだから、どちらでもおかしくなかった。最初は色くらいの違いだった。
怪談

白線の下

古い白線を削ると、下から敷居が出てきた。木の敷居だった。両端を切ったように道の途中で終わり、中央だけが靴で踏まれて凹んでいた。三浦は機械を止めた。
怪談

夏休みの点呼

先生が返してくれたのは、木を削って作った小さな船だった。船底に、俺の名前が鉛筆で書いてあった。「ずっと、渡せなくて」先生はそう言い、紙袋を畳んだ。
怪談

靴を脱ぐ道

遥が靴を脱いだので、私は少し驚いた。舗装していない道ならともかく、そこは住宅の間のアスファルトだった。砂利も、割れた貝殻も落ちていた。「足、痛いの?」小声で聞くと、遥は靴を片手にまとめ、私のサンダルを指した。脱いで、とい
怪談

拍手の残り

本当に受けたときは、何を喋ったかあまり覚えていない。次の台詞を言いたいのに、客の笑いが終わらない。その間だけ、俺たちは面白い人間だった。あの晩のことは、台詞も、間も、嫌になるほど覚えている。
怪談

火を迎える晩

火を迎える晩には、家の中で喧嘩をしない。小さいころ、祖母にそう言われた。弟と叩き合いになっても、その日だけはどちらが悪いかを訊かれなかった。祖母は私たちを引き離し、口を洗ってきなさいと言った。手ではなく口を洗わせるのが、
怪談

雪のない一軒

除雪車から見ると、その家の前だけ、春のようだった。屋根にも庭にも雪がない。両隣には腰ほどの雪が積もり、道路は削った雪の壁になっているのに、門から玄関までは土が見えていた。軒先に長靴が一足、逆さに掛けてあった。
怪談

空の巣箱

兄が送ってきた蜂蜜は、蓋を開けると煙の匂いがした。失敗したのかと電話で聞いたら、食べられるから、とだけ言われた。味は普通だった。少し癖があるが、パンにつければ気にならなかった。
怪談

返却口

あの図書館の返却口は、妙に低いところについていた。子供でも届くようにしたのだろうが、外から本を入れるには、少し腰を曲げる必要があった。中で受ける箱は深く、本は傾斜のついた板を滑って落ちた。薄い本なら軽い音がして、厚い本だ
怪談

仮縫いの日

三枝は、古い服の直しを受けるとき、まず持ち主に着てもらった。服だけ預かっても、どこが合わないかは分からない。痩せたから詰めたいという人でも、実際に見れば、肩の位置を少し変えるだけで済むことがあった。