奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

匝瑳の落書きマンション、三文字の付箋

高校のころ、学校に裏の掲示板があった。
正式なものではない。
誰かが勝手に立てた、学校名を少し崩した名前の掲示板で、先生は知らないことになっていた。
書き込むのはほとんどが同じ学年で、名前は誰も出さない。
それでも、文の癖で、誰が書いたかはだいたい分かった。

私は八日市場の高校に通っていた。
匝瑳の、田んぼの中に線路が通っているような町だ。
町の名前を言っても、東京の人間には通じない。
通じないので、千葉の東の方、と言うことにしている。
海は見えず、山もない。
あるのは田んぼと、線路と、駅の周りの少しの店だった。

家は市内で、自転車で二十分。
帰りは達也と一緒に、線路沿いを走って帰った。
達也は中学からの友だちで、家が隣の集落だった。
字が右に倒れる癖があって、掲示板の書き込みでも、達也のはすぐ分かった。
倒れた字を打つわけではないのに、文の切り方が、字と同じに倒れていた。

落書きマンションの話が掲示板に出たのは、二年の秋だった。
書いたのは達也ではない。
もっと字の荒い誰かだった。
八日市場の外れに、三階建ての廃マンションがある。
窓は全部抜けていて、壁一面に赤と青のスプレーで落書きがある。
夜に行くと、三階の角の部屋から、子どもの泣き声がする。
そういう書き込みだった。

地元の人間なら、建物のことは知っている。
通学路から少し外れた所に、確かにそれはあった。
田んぼの中に、タイル張りの古い建物が一つだけ立っている。
昼に見れば、ただの廃墟だった。
落書きも、近所の中学生がやったと聞いていた。
夕方に通ると、抜けた窓を風が通って、笛のような音を立てる。
建物の中を風が通る音だと、達也が言っていた。
私はその音を、帰り道で何度も聞いている。
音は、風の無い日にもしていた。

掲示板の書き込みに、返事が付いた。
行った、という返事だった。
泣き声は聞いていない。
その代わり、壁の落書きの中に、同じ字が何度もあった。
ひらがなで三文字。
おりて。
それが、壁のあちこちに書いてある。
写真が貼ってあった。
暗い中でフラッシュを焚いた写真で、タイルの壁に、太い赤の字で、おりて、と書いてあった。

私は、その写真を見て、少し引っかかった。
落書きの字は、ほかの字と比べて、筆が揃いすぎていた。
スプレーの字は、普通、流れる。
その三文字だけ、全部同じ大きさで、同じ太さだった。
達也に言うと、達也は笑った。
「誰かが型を作って吹いたんだろ」
そういうことにした。

それから、掲示板の書き込みが増えた。
行った、という報告が、週に一つか二つ。
行った人間は、みんな同じ三文字を見ている。
おりて。

そして、返事がおかしかった。
書き込みに返事が付く時、返事の方が先に書いてあることがあった。
時刻の表示で、返事が書き込みの二分前になっている。
二十三時四十三分に、今から行く、と誰かが書く。
その返事が、二十三時四十一分に、気をつけて、と付いている。
返事を書いたのが誰か、文の癖で分からなかった。
学年の誰の癖でもなかった。
掲示板の時計が狂っているのだと、誰かが書いた。
狂っているにしては、ずれるのはその三文字に関する書き込みだけだった。

達也が、行くと言い出したのは、十一月の終わりだった。
「写真撮るだけ。中には入らない」
理由は、聞かなくても分かった。
掲示板で、行った人間の写真に、いちばん返事が付く。
達也は、行った人間の写真に、同じクラスの女子が普通の返事を書いているのを知っていた。
名前は出ないが、文の癖で分かる。
達也はその子に、自分の写真を見てほしかった。
私は行かなかった。
怖かったからではない、と当時は言っていた。
夜に自転車で出るのを、親が許さなかった。

本当はその両方だったと、今なら思う。

行くと言った日の夜、達也から電話が来た。
うちの電話に、達也の古い携帯の番号が出ていた。
私は二階の子機で取った。
電波が悪くて、声が途切れた。
「着いた。暗い」
写真撮った、と達也は言った。
壁の字、おりて、ってやつ。
あった。
でも、一か所、違う。
「おりて、じゃなくて、おりろ、って書いてある」
新しい字、と達也は言った。
赤が、まだ濡れてる。

私は、帰れ、と言った。
達也は、分かってる、と言った。

その時、電話の向こうで、達也の声の後ろに、もう一つ声がした。
達也の声と同じことを、半拍遅れて、低い声が言っていた。
わかってる。
達也には聞こえていないようだった。
私は、後ろに誰かいるのか、と聞いた。
達也は、誰もいない、と答えた。
その言葉も、半拍遅れて、低い声で返ってきた。
だれもいない。
それから、笑い声がした。
達也の声ではない。
男の声で、短く、一度だけ。
電波の雑音の中から、そこだけはっきり聞こえた。

電話は、そこで切れた。
かけ直したが、つながらなかった。
受話器を置いてから、自分の手が冷えているのに気づいた。
母が下から、誰から、と聞いた。
達也、とだけ答えた。
私は親に言えず、自分の部屋で、掲示板を見ていた。

二十三時を過ぎて、新しい書き込みが付いた。
達也の文の癖だった。
帰った。何もなかった。字は、おりて、だった。
おりろ、ではなかった。
私は、電話で聞いた言葉を、そのまま返事に書いた。
おりろ、って言ってたよね。
返事は付かなかった。

次の日、達也は学校に来た。
普通だった。
弁当を食べて、授業中は机に伏せていた。

その日、学校で、別のことがあった。
朝、屋上へ上がる階段の扉に、赤いスプレーで三文字が書いてあった。
おりて。
一時間目の前に、先生が灰色のペンキで塗り潰した。
塗り潰しても、乾くまでは、下の赤が透けていた。

掲示板には、昼休みのうちに写真が上がった。
誰がやった、と書き込みが続いた。
達也の名前は出なかった。
それでも、みんな達也の方を見た。
達也は、見られていることに気づいていない顔で、机に伏せて寝ていた。

掃除の時間に、私は屋上の階段の下を担当した。
塗り潰した扉の向こうから、音がした。
子どもが泣いている声だった。
小さい子で、言葉にならずに、ただ泣いている。

屋上に子どもがいるはずがない。
扉には鍵が掛かっている。
私は箒を持ったまま、しばらく立っていた。
一緒に掃除をしていた別のクラスの女子が、どうしたの、と聞いた。
聞こえるか、と私が聞く前に、その子が言った。
「何も聞こえないけど」
声は、その子が言い終わると同時に止んだ。

帰り道、線路沿いで、私は達也に電話のことを聞いた。
達也は、電話はかけていない、と言った。
携帯は、あの夜、電池が切れていたと言う。
掲示板に書いたのは自分だ、と達也は言った。
字は、おりて、だった、と。
私は、それ以上聞かなかった。
聞けば、達也が何かを思い出す気がした。
思い出さない方がいいものを。

達也の自転車の籠に、紙が入っていた。
コピー用紙を四つに折ったもので、達也が開くと、赤いスプレーで、三文字あった。
おりろ。
達也は、それを田んぼの脇の用水に捨てた。
捨てる時、達也の手が震えていた。
紙は水に浮いて、流れていかなかった。
用水は流れているのに、紙だけがその場で回っていた。
私たちは、それを見ないで自転車に乗った。
その翌朝、同じ場所を通ると、紙は無かった。
達也の籠には、また一枚、入っていた。
達也は今度は捨てずに、鞄にしまった。
何も言わなかった。
覚えていないことだけを、達也は知っている顔だった。

その冬、達也は転校した。
父親の仕事で、県外へ移ると言った。
急な話で、送別会もなかった。
掲示板には、達也が最後に書いた、帰った、何もなかった、字はおりてだった、の書き込みが残った。

それから、落書きマンションの話を書く人間はいなくなった。
行った、という報告も、途絶えた。
返事を書いていた女子は、三学期に学校を休みがちになった。
理由は知らない。
掲示板で聞く人間もいなかった。
書き込み自体が減って、春には掲示板そのものが消えた。

東京へ出る前の春、一度だけ、昼に一人で行った。
自転車を道に停めて、田んぼ越しに建物を見た。
窓は全部抜けていた。
壁の落書きは、二度の冬を越して、色が薄くなっていた。
その中で、三文字だけが、赤かった。
塗ったばかりのように赤く、太さも大きさも揃っている。
おりろ、は、どこにも無かった。
入口は板で塞がれていて、板には釘が打ってあった。
誰かが入った跡はなかった。
私は写真を撮らずに、帰った。
帰る時、風の音がした。
建物の中を抜ける、笛のような音。
その日は、風がなかった。
掲示板はもう無かった。
見せる相手もいなかった。

私は大学で東京に出て、そのまま就職した。
匝瑳には、年に二回帰る。
帰るたびに、あの建物の前を車で通る。
今も建っている。
窓枠まで落ちて、落書きは色が褪せて、何が書いてあるか読めない。
読めないのに、おりて、の三文字がどこにあるか、私には分かる。
車を停めたことはない。

会社で、私は書類を扱う仕事をしている。
一昨年の春、同僚に言われた。
「それ、何のメモ」
同僚は書類の束を持って、私の机の前に立っていた。
付箋だった。
私が書いた付箋が、書類の束に貼ってある。
赤いペンで、三文字。
おりて。
書いた覚えはなかった。
字は私の字だった。
少し右に倒れた字。
私の字は、高校のころは、まっすぐだった。
倒れ始めたのがいつからか、思い出せない。

それから気をつけて見るようになった。
会議のメモの隅。
手帳の月の終わりのページ。
買い物のメモの裏。
どれにも、赤で、三文字がある。
全部、私の字だ。

いつ書いたのか、思い出せたことは一度もない。
赤いペンは、持ち歩いていない。
机の引き出しには、黒しか入れていない。
上司に一度、注意された。
書類に関係のないメモを貼らないように、と。
私は謝って、付箋を剥がした。
剥がした付箋を、上司が自分の手帳に挟んだのを、私は見た。
なぜそうしたのか、上司に聞けなかった。
上司はその週、休みを取って、理由を言わなかった。

去年の秋、匝瑳に帰った時、母に聞いてみた。
達也の家は、まだあるのか。
母は、とっくに空き家だよ、と言った。
あの子、転校したんじゃなかったっけ。
私は、そうだよ、と答えた。
転校先の住所は、聞いていない。
年賀状も来なかった。
母は、お茶を淹れながら、何でもないことのように続けた。
「転校の前の日ね、あんたの部屋の窓の下に、ずっと立ってたよ。あんたは寝てたけど。声を掛けようと思って外に出たら、もういなかった」
私はそれを、初めて聞いた。
窓の下、と母は言った。
うちは二階建てで、私の部屋は二階だった。

今朝、出がけに、玄関の鏡に付箋が貼ってあるのを見つけた。
鏡の、ちょうど私の顔の高さに。
赤い字で、三文字。
おりろ。
て、ではなく、ろ。
私の字で。
私は付箋を剥がして、財布に入れた。
捨てる気にはなれなかった。
財布に入れた付箋は、駅に着いて見たら、無かった。
財布の中には、何も増えていなかった。

職場に着いて、引き出しを開けた。
黒いペンの横に、赤いペンが一本、入っていた。
私の物ではない。
キャップを外すと、先が乾いていた。
乾いているのに、手に赤が付いた。
私はそれを、黒いペンの横に戻した。
戻してから、自分の手が、赤いペンの方をもう一度取ろうとしているのに気づいて、引き出しを閉めた。
閉めた引き出しの中で、ペンが一本、転がる音がした。

舞台になった場所

同じ地域の怪談

2026.10.10

十月の半ばの火曜日、印西の現場に着いたのは三時四十分だった。前の現場の生け垣が長引いて、一時間近く押していた。社長からは、日が暮れる前に上が…

2026.10.10

「昼飯のあとは、橋を渡るな」。義兄は低い声でそう言って、卓を指の節で二度、こつこつと叩いた。養老川の水音が畳まで上がってくる、十月の昼だった…

この地域の心霊スポット

千葉県松戸市幸谷の心霊スポット「自由の橋」を調査。 男性の霊、懐中電灯の噂、福昌寺、斬られ地蔵、周辺の街灯や民家の多さ、深夜2時の現地検証を…

千葉県の公園・森に残る心霊スポット「呪詛の森(しんやまの森)」。松戸の住宅地近く、森の手前で立ち上がる呪詛という名。怪談・都市伝説として語ら…

千葉県松戸市久保平賀の心霊スポット「行人台城跡」。住宅街に残る城館遺跡に、人骨出土の記録と泣き声の史料が重なる。怪談・都市伝説として語られる…

千葉県の廃墟系の心霊スポット「オレンジハウス」。我孫子の畑と細道の先に語られる廃屋。鮮やかな色だけが噂より先に立つ。現地の空気と、噂の出どこ…

千葉県の社寺にまつわる心霊スポット「飯土井城跡周辺」。妙見神社、土塁、空堀、五輪塔。飯土井城跡の怪談は、戦国の地形を芯にしたものだ。現地の空…

コメント

タイトルとURLをコピーしました